今日は祖父の命日。

思い出すなぁ・・
祖父危篤の報を受け、両親は空路。私は新幹線に飛び乗った。勿論、輪行袋を携えて
終点岡山で特急に乗り継ぎ、座席が無いので食堂車で夕陽煌めく瀬戸内海を見ながら長居する。博多から急行に乗り南下する。熊本を過ぎたところで一人の老人が席の前に立った。祖父の顔に見えてくる。
でも俺、悪いけど疲れてるんだよなぁ。
八代を過ぎたあたりで不知火海に不知火を見た。漁火が蜃気楼の様に揺らめいて光る不思議な光景であった。

ローカルな田舎駅に降り立つと、当然タクシーはすでに無く、それを見越して持って来た自転車の出番である。5分で組み、病院へ急ぐ。
応対にでた看護婦は「もうお帰りになりましたけど・・」と言う。
最初は意味が飲み込めなかった。
ヒグラシが頭がおかしくなるほど鳴く暗い田んぼ道を祖父の家に急いだ。
開け放った続き間の縁側から煌々と明かりが庭に漏れていた。
そこには安らかに眠る祖父がいた。

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列車の中で私の前に立った老人は祖父の一番下の弟だった。

別れの時。

もうそろそろ行こうかなぁ。
縁側に座った祖父にそう言った時、ふと腕相撲をしようかな・・と思った。
祖父は80を過ぎても腕力はたいそう強く、力自慢だった。
腕相撲で勝負をして負けておいてやれば良かったが、それが言い出せなかった。

走り出してしばらく行くと道は山肌の中腹を巻いて登るのだが、そこは祖父の家から良く見える道だった。私は自転車を停めて、大きく手を振った。
祖父は父が買ってやったオメガの双眼鏡で私を見ているのにちがいないと思った。