小さい頃、私の家には、さっちゃんというお手伝いさんがいた。
九州から出てきた気性の荒い乱暴な人だった。「たかしちゃーん起きなー」と手をビーンと引っ張るものだから腕が抜けて、だらーん。わぁーっとなるのである。
手がニ回抜けて、一回折って、そしてその女は店の前で、二輪車に乗っていた私の背中を無神経に押したのであった。
三輪車よりも少し大きい車輪の、二輪車の太いスポークの間に私の足が挟まっているのにも関わらずである。その瞬間を今でもはっきり覚えている。
そして私は桃太郎の桃の柄の浮き出た籐の乳母車に乗ってほねつぎに通う日々となったのであった。

 湿布の匂いのする白い塗り壁の待合室の真ん中に置かれた陶の火鉢の炭の灰を掻き回して砂遊びをする頃になって、ようやくギブスが取れ、それから痛い痛いマッサージにしばらく通い、また幼稚園に行き始めたのであった。

 そんな訳でクリスマス会の練習などまったく出来なかった私に与えられた役はは{星}の役であった。先生の苦肉の策であったのだろう。居ても居なくてもどうでも良い役だ。もちろんセリフなど無かった。

 その日、講堂と呼ばれる大き目の教室には、机が寄せ集められて舞台が作られていた。その周りには紙の花の縁取りをしたひだひだの布がめぐらされていた。壁には黒いビロードが張られ、天井からは金銀のモール飾りがしてあった。綿を乗せたモミの木がクリスマス気分を盛り上げていた。

 劇が始まった。キリスト系の幼稚園だったから、おそらく演題は「キリスト生誕」の話だったと思う。私は舞台の上に椅子を置き、その上に立って両手を上に上げてボール紙に金紙を貼った星をひたすら上に上げる役である。友達の演技を後ろの高い所から見下ろしていた。早く終わっていつも帰りにもらう砂糖をまぶした黄色い肝油ゼリーが食べたい、その事ばかり考えていた。

 しかし長い時間同じ格好をしていたので手が震え出す、足が震え出す、椅子も揺れる、その下の机も揺れる、そしてとうとうい私はドスンと大きな音を立てて落ちて尻餅をついてしまったのであった。その時、後ろの方で見ていた父兄の一人が「あっ!流れ星だっ」と大きな声で言ったものだから場内は爆笑の渦となってしまった。キリストよりマリア様より文字通りスターになった瞬間であった。

成人式の前撮りで次女が下宿先から帰って来たが、またすぐに栃木の下宿に戻って行った。
後で聞いたら獅子座流星群が見たかったそうである。
夜中の二時頃たくさん見えたそうである。はたして流れ星に何を願ったのやら・・

(UCCクラブライフ13集より転載)

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